佛家功と佛教

 佛家功は佛教ではない,この一点について私は皆さんにはっきり言っておくが,実は道 家功も道教ではない。我々の一部の人は何時もこれらの事をわきまえない。一部の人は廟 の和尚であり,また一部の者は居士であり,彼は彼が佛教の中の事について少し多く知っ ていると思うから,彼は我々の学員の間で大いに佛教の中の事を宣伝している。私があな たに教えよう,あなたはこうしないでください,これは不同の法門のものであるからだ。 宗教には宗教なりの形式があるが,我々はここで我々のこの一法門の修煉の一部分を伝え るのであり,法輪大法の専修弟子を除いて宗教の形式を講じないので,末法時期の佛教で はない。

 佛教の中の法はただ佛法の小さな一部分のみで,まだ沢山の高く深い大法があり,各層 次の中にまた不同の法がある。釈迦牟尼は,修煉に8万4千の法門があると言っていた。 佛教の中に幾つかの法門しか無く,それには天台宗、華厳宗、禅宗、浄土、密宗などの幾 つかの法門しか無く,端数と言えるほどもない!だからそれは全ての佛法を概括できず, それは佛法のほんの少しだけの一部分でしかない。我々法輪大法も8万4千法門の中の一 法門であり,原始佛教乃至末法時期の佛教と関係が無く,現在の宗教とも関係が無い。

 佛教は2千5百年前に古代インドで釈迦牟尼が創立したのである。当時釈迦牟尼は「開 功開悟」してから,彼の記憶で彼自身が以前に修煉したものを思い出して,それを伝え出 して人を度した。彼のその一法門は何万巻の経書を出版していても,実は3文字だけで, 彼のその一法門の特徴は「戒、定、慧」と言うのである。戒とは,常人の一切欲望を戒め ,強制的にあなたに利益に対する追求を失わせ,俗世間の一切のものを断絶させるなどの ことである。こうして彼の心が空になり,何も考えなくなり,定ができるようになり,そ れは相い助け相い成しであるのだ。定にした後,座禅して実修し,定の力によって上へ修 め,これはその一法門の真の修煉の部分である。彼も手法上のものを講じないし,自身の 本体を変えない。彼は唯彼の層次の高低の功だけを修めるので,一途に彼の心性を修煉す る,命を修めないので功の演化を重んじない。同時に彼は禅定の中で彼の定力を強め,座 禅を通じて苦しみを嘗め,彼の業を消す。慧とは,それが人が開悟し,大知大慧になった ことである。宇宙の真理を見た,宇宙の各空間の真相を見た,神通が大いに現れる。開慧 、開悟は,開功とも言う。

 当時釈迦牟尼がこの一法門を創立した時,インドでは8種の宗教が同時に流伝していた 。一種の根が深い宗教があってバラモン教と言う。釈迦牟尼は生きている間に,ずっと他 の宗教と意識形態上の闘争があった。釈迦牟尼が伝えたものは正法であるので,法を伝え る全過程に於いて,彼の伝えた佛法がいよいよ強大になって来た。他の宗教が益々弱くな り,その根が深いバラモン教でも滅亡に瀕する状態にあった。しかし釈迦牟尼が涅槃以後 ,他の宗教が又興隆し始め,特にバラモン教が,又新たに興隆し始まった。佛教の中に一 種のどんな情況が現れたか?一部の僧は違う層次で開功し,開悟したが,開いた層次が割 りに低かった。釈迦牟尼は如来その層次に達したが,多くの僧はこの層次に達していない 。

 不同の層次に於いて佛法は違う顕現がある,しかし高いほど真理に接近し,低いほど真 理から遠く離れる。だからそれらの僧は低層次で開功開悟して,彼らは自分がその層次で 見た宇宙の中の顕象,了解した情況と悟った理により,釈迦牟尼の話を解釈する。つまり ,ある僧は釈迦牟尼の説いた法に対してこの様に解釈し,その様に解釈した。また一部の 僧は自分で悟ったものを釈迦牟尼の話として講じて,釈迦牟尼の元の話を講じない。こう して佛法の面目を徹底的に変わらせて,全く釈迦牟尼の伝えた法ではなくなり,最後に佛 教の中の佛法がついにインドで消えるようになった。これは一回の重大な歴史的教訓であ り,それでその後になってインドで却って佛教が無くなってしまった。無くなる前に佛教 は何回も改良を経た,最後にバラモン教のものと結び合って,インドで一種の現在の宗教 を形成した,それはインド教と言う。何の佛をも供えず,他の何らかのものを供え,釈迦 牟尼をも信じなくなった,それはこの様な一種の状況である。

 佛教は発展の過程で,割合に大きな改良が数回も出現した。一つは釈迦牟尼が世にいな くなってから長くもない時間に,ある人は釈迦牟尼の説いた高層次の理によって,大乗佛 教を創立した。釈迦牟尼が公に説いた法は一般の人に聞かせるものである,自身の解脱に 用いて,羅漢果位に達し,普度衆生を唱えないもので,それを小乗佛教と呼ばれる。東南 アジアの国家の和尚は原始の釈迦牟尼時代の修煉方法を保持し,我々漢族の地では小乗佛 教と呼ぶ。勿論彼自身は承認せず,彼らは彼らが釈迦牟尼の本来のものを引き継いだと思 っている。確かにそうだ,彼らは基本的に釈迦牟尼時代の修煉方法を引き継いで来た。

 改良を経たこの大乗佛教が我々中国に伝わってから,我々中国で固められた,それが現 今我が国で流伝している佛教である。彼は実際には釈迦牟尼時代の佛教とは既に面目が全 く変わった,服装からずっと全部の悟る状態、修煉過程まで全て変化が発生した。原始佛 教はただ釈迦牟尼だけを祖尊として供えていたが,現在の佛教に数多くの佛や大菩薩など が出現し,そして多佛信仰となった。多くの如来佛に対する信仰が出現して,多佛の佛教 となった。例えば阿弥陀佛、薬師佛、大日如来等であり,また多くの大菩薩も出現した。 こうして佛教全体は当初釈迦牟尼が創立した時と既に全く違うようになった。

 この期間にもう一種の改良過程が発生した,龍樹菩薩から伝え出した一種の密修方法は ,インドからアフガニスタンを経由して,我々の新疆に伝わってから漢族の地に伝わって 来た頃,ちょうど唐の時代だから,それを唐密と呼ばれた。我々中国では受けた儒家の影 響が割合に大きく,道徳観念は一般の民族と違う。この密宗修煉法の中に男女双修という ものがあるから,当時の社会には受け入れられないので,唐代会昌年間に佛を滅ぼす時そ れを取り除かれて,唐密が漢族の地に消えた。現在日本に東密と言うものがあり,当時我 々中国から学んだものだが,彼は灌頂を受けたことがない。密宗の言うことによれば,灌 頂を受けない者は密宗のものを学んだら,法を盗むことに属し,皆伝のものとは認められ ない。もう一つはインド、ネパールからチベットに伝えられ,藏密と呼ばれ,ずっと現在 まで流伝している。佛教は基本的にこの様な情況であるが,私は極めて簡単に,概括的に その発展変化過程を話した。佛教全体は発展過程中に,又達磨が創立した禅宗や,浄土宗 、華厳宗などが出現したが,いずれも釈迦牟尼が当時説いたものにより悟って来たもので ,これらも改良された佛教に属する。佛教の中にこのような十数の法門があるが,それは 皆一種の宗教形式に入ったので,それが皆佛教に属する。

 本世紀に生じた宗教,本世紀だけでなく,前の数世紀に世界各地で多くの新教が生まれ たが,これらは大多数が偽りのものだ。大覚者達は人を度する為に,自分の天国を持ち, 釈迦牟尼、阿弥陀佛、大日如来など,これらの如来佛は彼らは人を度するには,皆一つの 自分で主持する世界がある。我々のこの銀河系に,このような世界が百あまりがあり,我 々の法輪大法にも法輪世界がある。

 一部の偽の法門が人を度するならどこへ度するか?彼は人を度することができず,彼の 言い出したものは法ではない。勿論一部の人が宗教を創立したが,初期の目的は彼は正教 を破壊する一匹の魔とはなりたくなかった。彼は不同の層次で開功開悟して,少しばかり の理を見たが,彼は人を度する覚者までまだまだ差が遠く,彼は非常に低い。彼は少しば かりの理を発見し,常人の一部の事が過りだと見つけて,彼も人々にどのように良い事を やるように教え,初めの時に他の宗教にも反対しなかった。人々は最後に彼を信奉し,彼 の言ったことに道理があると認め,それから益々彼を信じるようになった,結果としてこ れらの人は彼を崇拝し,宗教を崇拝しなくなった。彼自分の名利心が出ると,彼を何かに 仰ぐように大衆に要求し,これから彼は一つの新しい宗教を立てた。私が皆さんに教える ,これらは皆邪教に属し,それは人を害しなくても,それはやはり邪教である。それは人 々が正教を信じることを邪魔したからである,正教は人を度するもので,それは却って出 来ない。長く発展し続ければ,陰で悪事を働く。最近多くのこの類のものが我々中国にも 流伝して来た,例えばいわゆる観音法門がその一つだ。だから皆さんはぜひ注意を払って ください。聞くところによると東アジアのある国には2千余種があり,東南アジアと他の 西方国家には,どんなものを信じる者もあり,ある国にはおおっぴら巫教がある。これら のものは皆末法時期に出現した魔である。末法時期は佛教を指すだけでなく,一つのかな り高い層次以下の多くの空間も腐り壊されたことを指す。末法は佛教の末法を指すだけで はなく,人類社会には道徳を維持する心法制約が無くなったことである。