警言

 私は大法を伝えて既に四年間になった,一部分の学員は心性、境 界の向上がとても遅い,やはり感受上で私と大法を認識しているのに 停まっている,いつも身体の変化と功能の体現上から私に対する一 種の恩に感じ徳を戴くことである,これは常人の認識である。お前 らは人の状態を変えて,理性上からも大法に対する真の認識に昇華 しようとしなければ,お前らは機会を失う。お前らは常人のその千 百年来の内心で形成した人の理を変えなければ,お前らは人の表面 のこの殻を退かせられなく,圓満ができない。いつも私はお前らの 為に業を消して,お前らが真に法の上に向上して,人の認識、人の 観念から飛び出さなくてはいけない。お前らの私と大法に対する思 考、認識、感激の方式に於いては全て常人の思惟表現である。しか し私は正にお前らに常人から飛び出すことを教えたよ!理性上から 真に大法を認識する。

修煉中にお前らは自分が真に確実に向上するため,これにより内 在に巨大な本質上の変化を発生させているのではなく,私の力によ って,外在的な強大な要素を借りるのである,これは永遠にお前の 人の本質を改変して佛性に変わることができない。若しお前ら一人 一人も内心から法を認識できれば,それこそ威力無辺の法の体現 - 強大な佛法の人間に於ける再現である。

李洪志

一九九六年九月十日