正性注解

 私は“法身と法輪は独立の生命体ではない”と言ってから,《轉 法輪》の中に“法身の意識,法身の思想は主体の制御を受けている 。しかし法身自身は一人の完備で、独立で、確実な個体の生命であ る”と言われているが矛盾ではないか?と問った学員があった。私 の見たところではこれは法をよく理解していないのである。法身は 完全な独立の生命と同じような概念で認識してはいけない,彼らは 取りも直さず主尊の形象と思想の法力及び知恵の如意の表現である 。主尊の意向に従って独立にして一切の事をする能力を持っている 。だから学員はただ後の一句の話に注意しただけで,前の一句の話 の,“法身の意識,法身の思想は主体の制御を受けている”に注意 しなかった,だから独立で完全な主尊の形象もあるし,主尊性格の 特点もある,しかも又独立で一切の主尊の考える事を完成できる。 ところが一般の生命は人に制御されないのである。人々は法身を見 る時,又一人の完全で独立な確実な個体生命である,実は明白に言 えば私の法身は即ち私である。

李洪志

一九九六年七月二十一日