新しい学員が初めて功を学ぶ時,及び身体が既に調理された古い 学員について,何故修煉中身体が辛く,重病に罹ったようなことが 出現するだろうか?しかも暫くの時間が経つ毎に一回出現するのか ?私が法を説く中にお前らに教えたようにそれは業を消しており, お前の生生世世に借りた業力を消す同時に一人の悟性を高めること でもあり,そして学員が大法に対し確固するかどうかを試練するこ とでもあり,ずっと世間法の修煉から歩き出るまでである,これは 概括的に言うのだ。
実は人は生生世世でどれくらいかの世が有ったか知らない,そし て各一世に人もかなり多くの業力を借りた,百年の後転生する時, 一部分の病業が身体の中の微視の中に押し込まれた,転生の時に当 たり,新しい表面物質の肉身は病業が無いのである(しかし業が大 きくて例外のもある),それでは前の一世に押し込まれたものが外 へ返す,表面肉体に返した時人は病に罹る,しかし発病する時往々 に一つの表面物質世界の外因条件の触発がある。こうしてそれは我 々の表面物質世界の客観的法則に符合し,つまり世間の理に符合し た,常人は病の源の真相を知るしようがなく,したがって迷って悟 らなくなる。処が人は病が出ると薬を飲む,或いは各種の方法を取 って治療をする,それでは実質的に病を又身体の中に押し込んだの だ,こうして前の一世に悪事をして残した病業を返すことができな く,それで現世に又いくらかの良くない事をして他人を傷害して, 従って又新しい病業の出現があって,各種の病に罹る。しかし人は 薬を飲んで或いは各種の治療方法を採用して,病を又身体の中に押 し込んだ,手術しても表面物質空間の肉を取り除いただけだ,しか し別の空間中の病業を全然除去していない,現代の医学技術は全然 触れることもできない,再発病したら又治療する,百年後又転生す る,病業があったら又人の身体の中に押し込んで,循環往復して, 一世又一世にどれくらいの病業が人の身体の中に残ったか知らない ,だから私は現在の人が皆業に業を積み重ねて来たのだと言った, 病業の外にまた外の業力がある。それゆえに人は生活の中で苦が有 り難があり、是正があるわけだ,ただ幸福を求めたいだけで業を返 さないのではそれはどうして可能であるか?人はこの時になると業 が大きくて何時でもどこでも業の中に浸して,何時でもどこでも気 に入らないことがあり,出掛けるとお前を待っている良くないこと がある。しかし人は矛盾があると忍ばず,以前に借りた業の債務を 返していることを知らない,お前が俺に良くないなら,俺がお前に もっと凶悪である,業を返していないばかりか又新しい業力を造っ た,社会の世の気風が日増しに悪くなり,人々が近い敵となるよう にした,考えても納得できない人も沢山ある,現在の人はどうした のだろうか?現在の社会はどうしたのだろうか?人類はこのように 行けば危険至極なのだ!
それでは我々修煉の人は師父が消してやった業を除いて,自分で まだ一部分を返さなければならない,それなので身体が辛く,病が 有るような感じがあるはずである,修煉はつまり人の生命の本源上 から整理してやるのだ。木の年輪のように一層毎にも病業がある, それでは最中心からお前のために身体を整理しなければならない, しかし一遍で全部推し出したら人は受けられなく,生命危険がある 。だから暫くの時間おきに一つか二つを推し出すことしかできない ,こうすれば人は越せるし,苦しむ過程中に又業を返した,しかし これも私がお前の為に業を消してからお前自分の耐えに残した本の 少しだけである。ずっと世間法の最高形式、浄白体状態まで修煉し た時に全部推し終えるが,病業が極めて少ないものと,その他の特 殊な情況もある。出世間法修煉は即ち最も純浄な羅漢体修煉であり ,もう病業が無いのだ,ところが世間法以外の修煉には圓満せずま だ高層次へと修めるものなら,それで彼にはまだ苦があり難があり ,層次を高める為に関を越す事がある,しかし全て人と人、人と事 の心性上の矛盾と,執着心の再除去である,身体の病業が無いのだ 。
病業を消し除くという事は誰でも常人の為に勝手にやることがで きない,修煉しない常人に対して根っから不可能なことだ,治療を 頼りとすることしかできない,勝手に常人のためにやるのは天理を 破壊することだ,つまり悪事をして業を返さなくても良い,借りが あっても返さないということだ,それは絶対行けない,天理に許さ れないのだ!一般気功治療でも,同様に身体の中に圧することだ, 一人の人は業力があまりにも大きい時,そしてまだ悪事をしている 人は,それでは彼が消滅されるに直面している,死亡の時形神全滅 になり,徹底的に存在しなくなる。大覚者は人の為に病を治療して 徹底的その病の業力の根源を消すことができるが,皆目的があって やるのだ,主に人を度する為であるのだ。
一九九六年三月十日