退職後また煉る

 一部分の受講を聴いたし根基の悪くない学員は,仕事が忙しいか ら煉らないようになった,なかなか惜しい!若し一般の常人なら, 私は何も余計に言わないし,彼に任せるがいい,しかしこの部分の 人は希望があるのだ。人類の道徳は一日千里で下へ滑りつつあり, 常人は皆波に従い流れを追って,道を遠く逸れれば逸れるほどもと へ修め難い。その実修煉というのは人の心を修めることで,殊に複 雑な職場の環境で,まさに心性を高めるいい機会であり,一旦退職 したら,それは一つの修煉の最もいい環境を失ったではないか?何 の矛盾も無くなったらまだ何を修煉するのか?いかに向上するのか ?人の生命は限りがあるのであり,往々にお前は打算をかなりよく したが,お前は自分の将来に残る時間はまだ間に合うかということ を知っているのか?修煉は児戯ではなく,常人中の如何なる一件の 事よりも厳粛であり,主観的なあて推量ではなく,一旦機会を失っ てしまうと,六道中で輪廻されて何時再び人身を得るか!機縁が一 回しかなく,放下できない夢が過ぎ去ってしまって,始めて失った ものは何だか?分かる。

李洪志

一九九五年十月十三日