四、天目

問: 先生が法を説く時先生のお頭の上に三尺高い金色の光輪, お背後に沢山の頭ぐらいの大きい金色の光輪が見えました?

答: この人の天目の層次はもう低くない。

問: 先生の弟子は人の病を治すためにお酒で噴霧した時に持ち 込む金色の光が見えました?

答: 私に言わせればこの人は煉ったのが悪くなく,打ち出した 功能も見られた。

問: 子供は天目が開いたら彼自身に影響がありますか?天目が 開いたら能量を釈放しますか?

答: 6才以下の子供は天目が非常に開きやすい,子供は功を煉 らずに,天目が開いたら即ち能量漏れである,しかし家には功 を煉る人がいなければいけない。一番いいのは彼に毎日一回見 させて,閉じない状態を保持させ,同時に余分に漏らさないこ とである。子供は一番いいこととして自分で煉功する。用いた のは多ければ能量の漏れも多くなる,それが影響したのは彼ら の肉体ではなくて,もっとも根本のものである。但し若しよく 保持できれば,影響はない。私が先ほど言ったのは子供のことで あり,大人のことではない。ある一部の人の天目は開くと能量 の放しを恐れることではない,それはあけてあるのであり,能 量の放しを恐れない,しかしとても高い層次のものが見られな い。高層次のものが見られる者もいる,見る時,法身又はほか の上師から能量を供給する,これは問題がない。

問: 先生の御身体に金色の光,先生の影が出現されたことを見 ましたが,あっと言う間になくなりました,どういうわけであ りますか?

答: これが私の法身である,私が法を講じている,頭の上に功 柱がある,私のこの層次においては即ちこうなのである。一瞬 でなくなったのは,あなたはまだ天目を用いられず,目を使っ て見たのである。

問: 特異功能をいかに運用しますか?

答: 特異功能を軍事科学或いは他の高科学技術の上に用い,或 いは情報の収集に用いては,私はこの中に一つの問題があると 思う。われわれのこの宇宙には特性があるのである,それがこ の特性に合いさえすれば,それが効く;この特性に合わないな ら,それは効かない。彼にいい事をやらせても,高層次上のこ とは彼もできなく,感応するだけのことである。いくらかの小 術をやっては正常に発展する社会には妨害がない。彼が何かを 変えたいのなら,それでは大変大きな事をしなければならない ことになる,彼がやる必要か否か,彼が言っては決まらないもの だ,社会の発展は人の意志によって移転するのではないからだ。 彼がどんな程度まで達したがるか,この事は誰でも決められな い。

問: 人の意識はどのように進出するのでありますか?

答: 私達が言った意識は,一般に頭の上から出るのである。も ちろん, これに限ることではなく,彼は如何なるところからも 出られる。ある一部の功法で強調したように必ず頭の上から出 ることのようではない,どこからも体を離れられる。入ること も同じである。

問: 天目区に赤い光があり,中間は黒い穴であり,迅速に一層 一層に花が咲くようである,天目が開いているのでありますか? 又ある時に星の光、電撃がありますけど?

答: あなたが星の光があるまで開いた時もう開きは大差ない, 電撃があったのは実際はもうすぐ開き通すのだ。

問: 先生のお頭と御身体に赤色、緑色の光輪があることを見ま したが,目を閉じると何も見られなくなりました,余光で見た のでありますか?

答: 余光で見たのではない,あなたはただ閉じて見ることがで きないのであり,目を開けて見るのである。往々にして天目が 開いた人は用いられない,ある時目をあけて何げなく見られる が,あなたは若し必ずはっきりと見て見ようと思うと,実際は 目を使ったのであり, 又見られなくなり,あなたが注意しない 時又見られる。

問: 私のむすめは空中でいくらか丸い輪を見ました,彼女がはっ きりと言えませんが,彼女に法輪章を見させると,彼女はこれ だと言っていました,彼女は本当に天目が開いたのであります か?

答: われわれの法輪章は,6才以下の子供は一目見ると天目が 開く,でもあなたはやってはいけない,子供は見られるのであ る。

問: 天目が開きましたが応用できません,先生に解答していた だけますか?

答: 天目がかなり開き通した時,用いられない者も用いられる ようになる;非常に明るく、非常に使いやすい時,用いられな い者もよく用いられるようになる。天目でものを見るのは無意 識の状態下で見たのである,細かく見ようとする時,何げなく 目を動かして,視神経を通ったのである,だから見られなくな る。

問: 天目が開いてから見たのは全宇宙空間のものでありますか?

答: 私達は天目を開いて層次に分けるのであり,換言すれば即 ちあなたが見た真相の多少は,層次に分けて決めるのである? 天目が開いたら宇宙のすべてを見られるとは限らない,以後の 煉功中で次第にあなたの層次を高めて,最後に開悟に達して, あなたは始めてもっと多くの層次が見られる,それでもあなた の見たのが全宇宙の真理であることを保証しない。釈迦牟尼は 当時彼の生きている年に法を伝えた時にも,絶えずに向上する のである,一つの層次を高めるたびに,彼は以前に言ったこと は又不安定だと発見した,更に高まってから下を見ると又正し くなくなった,だから彼は最後に『法無定法』と言っていた, 一つの層次には一つの理がある。彼でも完全に全宇宙の真理を 見られるのは不可能である。われわれ一般人の見たところでは, 世間修煉が如来の層次に達したらもう不思議のことだと思う, 彼は如来のこの層次しか知らないからである。更に高いものは 彼も知らないので,受けられない,如来は仏法の中で一つの小 さい層次である,大法無辺は,即ちこれを指すのである。

問: われわれが見た御身体にあるものは本当の存在であります かか?

答: もちろん本当の存在であり,あらゆる空間は皆物質で構成 しているのであり,構造がわれわれのと違うのにすぎない。

問: 私の予感は往々にして発生した事と一致でありますけど?

答: これは即ち私達が言った予測功能である,実際は取りも直 さず宿命通の低層次段階である。私達が煉った功はみな別の空 間にあるのであり,あの空間では時空の概念はない,いくら遠 く隔てても同じなのである。

問: 煉功中にカラーの人物、カラーの空、図像などが出現しま したのは?

答: あなたの天目が開いた,あなたが見た物は別の空間のもの である。別の空間は層次に分けるのであり,あなたが見たのは その中の一層次であるかも知れない,それはそのように美しい のだ。

問: 煉功中に突然音が鳴って,身体が突き開かれて,沢山の事 物はかつ然と分かったと感じましたけど?

答: ある一部の人には煉功に容易にこのような状況が出現する, 身体の一部分を爆発させ,ある一部の方面では悟りを開いた, 漸悟に属する状況である。あなたの修煉の一層次は歩き終える と,それなりの一部分を爆発させる,これは皆正常なのである。

問: ある時動けない感覚がありまして,何の原因でありますか?

答: 煉功の初期,あなたはこの種の感覚がありえるかも知れな い,突然手又は或る部位が動けなくなった,何故なのか?あなた には一種の功能があったからであり,定功と言う。これはあな た自身に存在する一種の功能である。この功能の力は非常に大 きい,ある人が悪事をして逃げようとする時,あなたが『定』 と言うと,当時彼はすぐ動けなくなる。

問: 何時病気を見られますか?私は以前人のために病を見て一 定の効果がありましたが,法輪功を学んでから,誰かが私に病を 見てもらったら,私は人のために見てはいけますか?

答: 私の見たところではこの班の人では,あなたは以前どの家 の功法を学び,どれくらいの時間煉り,病を見る程度に達する ことができるかどうかにかかわらず,低層次上では,皆に病を 見させたくない,あなたは自分がどんな状態であるか知らない からである。あなたは他人のために病をみたことがあるのであ るが,あなたは当時心が正しくて,効いたかも知れない,通り すがりのどの師父があなたを助けたのだかも知れない,あなた は良い事をしているからである。あなたが煉ったそれくらいの 能量は役立てても,あなた自身を保護できない。あなたは病を 見る時,患者と同じ場にいる,長くつづけると,身体の黒気の ためで,あなたは患者よりも病気がひどくなる。患者に:よく なったか?と聞いたら,彼は「少し楽になった」と言った,そ れは何の治療と言えるか?ある気功師は:明日一回来て下さい, あさってもう一回来て下さい,私はあなたに一つの治療周期を 見てあげると言っていた。彼までも『治療周期』を講じた,こ れは人騙しではないか?あなたは高層次上に着いてから又見れ ばなんといいだろう?一回だけ見れば治せるなら,それは何と ここちよいだろう!もしあなたにはすでに功が出て,そして低 くない場合,どうしても病気を見る必要な時,私はあなたのた めに手を開き,私はあなたのためにあなたの病気治療の功能を 持ち出せる。しかしあなたは高層次上へ修めようとするなら, 私はやはりこのような事をしないほうがいいと思う。大法を宣 伝し及び社会活動に参加するために,私の弟子では一部分が病 を見ている,彼が私のそばにいて,私が彼を取り,彼には保証 があるので,大丈夫である。

問: 功能が出たら他人に言ってはいいのでありますか?

答: 功能が出たら法輪功を煉る人に言っては,謙虚ならば,問 題がない。皆を集中して煉功するのは即ち皆が交流できるため である。もちろん,外で功能を持つ人にぶつかったら彼と言っ てもいい,かまわない,ただ見せびらかしてはいけない,若し 私はわざが強いと見せびらかしたいならそれはいけない。見せ びらかす時間が長くなると,そのものはなくなってしまう。若 し気功の現象を言って,ちょっと探究したくて,少しも個人の 雑念はなければ,問題がないと私は思う。

問: 仏家は 『空』 を重んじ道家は 『無』 を重んじますが, 私達は何を重んじますか?

答: 仏家の『空』,道家の『無』はその本功の特有なものであ る,当然私達のここでもこの境界に達しなければならない。私 達は功を煉る心があるが功を得る心がないことを重んじる。心 性を修め,執着心を除去する,だからやはり空無である,しか し私達はそれを特殊に強調しない。あなたが物質世界で生活し ているからであり,あなたは通勤し,あなたは仕事をするには, 必然に事をやるのである。事をやると必然に一つの良い事か、 悪い事かの問題をもたらす,どうしようか?私達が修めたのは 心性であり,これは私達のこの功で一番目立つものである,あ なたの心は正でさえあれば,やった事は私達が要求したことに 合うなら,心性は問題がない。

問: われわれは平時にどうすれば功能の増長を体得することが できますか?

答: あなたの煉功の初期に,若し功能が出たら体得するはずで ある。若し功能が出ていないが身体は敏感であれば,体得するこ とができる。若し両方とも備えないな?,感じる方法がない,目 を閉じて煉るよりほか仕方がない。私達の学員では60−70 %は天目が開いており,見られる,私は全部知っている。あな たたちは言わずにただ目をあけて見ているのである, 何故皆に 一緒に煉功させるか?あなたたちは組の内部で互いに交流研究 討論できるためである。しかし功法に責任を持つことに基づい て,外に出てでたらめに話してはいけない,内部の間の交流? 相互の向上のためではいけるのである。

問: 法身はどんなようすでありますか?私自身には法身がおり ますか?

答: 法身は本人と同じような形をしている。あなたには今法身 がない,一定の程度まで煉り,世間法を歩き出て,修煉が極め て高い程度に入って,始めて法身が出られる。

問: 伝授班が終わってから,先生の法身はまだどれくらいつい てくださいますか?

答: 一人の学員はすぐ高層次上のものを煉ると,彼にとっては 即ち一つの相当大きな転変であり,思想の転変を指すことでは なく,あなたの人全体の転変を指すのである。一人の常人は突然 に彼を常人として得るべきではないものを得たら,それは危険 なのであり,生命はすぐ脅威を受ける,私の法身は彼を保護し なければならない。若し私はこの一点までできなくて,ここで 法を伝えるなら,人を害するのである。多くの気功師は敢えて しようとせず,敢えて伝えようとしないことは,即ち彼はその 責任を持つことができないからである。私の法身はずっとあな たを保護していて,ずっとあなたが修成するまで至る。途中か らあなたが修めないなら,法身は自分で離れて行くことになる。

問: 先生は:普通人の修行は煉功によることではなく,心性に よることであると言われていました。それでは,心性さえ高け れば煉功しなくても正果を得られると言えますか?

答: 道理によればこうなのである,あなたは心性を修めさえす れば,徳は功に転化することができる。しかし,あなたはあな たを煉功人としなければならない。あなたは煉功人としなけれ ば,徳積みに徳積みしかできない,あなたは沢山の徳を積んで, 一途に良い人になるために徳を積んで行くかも知れない,自分 を煉功人としてもやはりだめであり,あなたはまだ高層次上の 法を得ていないものだ。皆知っているように,私は沢山のもの を言い出した,師父があなたを保護することはなければ,あな たは非常に上へ修め難いのであり,あなたは1日でも高層次上 で煉功できない。だから正果を得るにはそんなに容易ではない。 しかし,心性は向上してから,宇宙の特性に同化する。

問: 遥治の原理は何でありますか?

答: 道理は非常に簡単である,宇宙は大きくなれるし小さくな れる,功能の発することも大きくなれるし小さくなれる。私は 原地で動いていないが,しかし功能は発したらアメリカほど遠 い所にいる患者にも及べる。むこうまで功を打つこともできる し,直接に彼の元神をこっちに移すこともできる。これが遥治 の道理である。

問: どれくらいの種の功能が出るか分かりますか?

答: 功能は万種に止まらない,具体的にどれくらいか知るのは 重大ではない,この理、この法が分かればもういい,残りは自 分で煉るものだ。そんなに多い事を知る必要もない,あなたに 対していい所もない。師父は弟子をさがし,弟子を取る,その 弟子は何も知らない,あなたにも教えない,全く自分で悟るこ とによる。

問: 私は班では目を閉じて先生が上で講義することが見られま す,お上半身は黒いのであり,机も黒いのであり,後ろの布は ももいろであり,ある時御周囲は一面の緑光であり,これはど ういうわけでありますか?

答: これはあなたの層次の問題である。天目が開いたばかりの 時白いものを黒いものと見成し,黒いものを白いものと見成す はずである。少し層次を高めてから,何を見ても皆白いのであ る;又層次を高めてから,色は分けられるようになる。