問: 私は『真、善、忍』に基づいてやろうと思いますが,昨日 他人と喧嘩した夢を見ました, すごく喧嘩しました, 私は忍し たいが,忍できませんでした,これは私が心性を高めることを 助けるのでありますか?
答: 当然そうである。夢はどういうことなのか私達はすでに言っ た,皆自分で悟りなさい。心性を高める事の到来は非常に突然 であり,あなたが思想の準備をしておいてそれを迎えに行く時 になって始めて来るのではない。一人は良いのか悪いのかを見 るには,思想の準備がない場合にあって始めて試して分かる。
問: 法輪功の『真、善、忍』の中の『忍』は,すべての物事に 対しても忍するのでありますか,正確か否かを問わないのであ りますか?
答: 私が言った『忍』は,あなた個人の利益に関係する問題, あなたの執着して放下できないこれらの物に於いて,あなたの 心性を高めることを指すのである。実際は『忍』は悪い事では ない,常人に対して言っても悪くはない。われわれは一つの物 語りを言おう:韓信は大将軍であり,小さい時から武術をすき がった,当時武術を習う人は剣を掛けるのがすきであった。? 信が町を歩いているころ,一人のやくざがやって来て:『おま えこれを掛けて何をするつもりだい?おまえ人を殺せるかい? 人を殺せるなら先ずおれを殺せ。』と言って首を伸ばした:『 若し恐れるなら,おれの股の下から通りぬけて行け!』すると 韓信は通りぬけて行った,彼の『忍』の能力はかなり大きい。 ある人は忍を弱くて侮れることと見成す,実は忍ができる人は 意志が非常に強いのである。事情の正確か否かについては,そ れが真に宇宙の理に符合するか否かを見なければならない。あ なたはある事はあなたの所為ではなく,他人があなたに怒らせ たのだと思うが,実はあなたはいったい何故なのか?分からな い。あなたが言っ?: 『私は分かるよ,ただいささかの事のため だけだ。』私が言ったのは別の一つの理であり,われわれこの 物質空間では見られるのではない。一つの冗談を言おう,あな たは前世に人に借りがあったかも知れない,あなたはどうして それは正確か誤りかを判断できるのだろうか?私達は忍するほ かならない。他人を怒らせてから又忍をすることはあるものか? 本当にあなたに怒らせた人に対し,あなたは忍をするだけでな く,まだ彼に感謝すべきである。彼はあなたを罵った,先生の 面前に行ってあなたを訴えた,あなたはかえって心の中であり がとうとまだ言わなければならない。あなたが言った:『それ では阿Qになったじゃないのか?』それはあなたの考え方であ る。この事を通じて,若しあなたは彼と同じように見なければ, あなたの心性が向上になった。この物質空間では彼が占有した ら,あっちでは彼はあなたにものをあげたのではないか?あな たの心性が向上したら,黒色物質が転化する,一挙三得である, 何故人に感謝しないか?常人の角度に立っては理解し難い。私 は一般の人に言っているのではなく,煉功人に言っているので ある。
問: 憑依のない人は心性を高めれば憑依を避けられますが,憑 依のある人はどうしますか?どうすれば離脱できますか?
答: 一正は百邪を圧倒する。あなたが今日この法を得た,以後 それがあなたに益をもたらしたでもあなたもいらないのだ。若 しあのものがあなたに金、名誉、利益をもたらした時,あなた は心ひそかに喜んで,『私は何と手わざが強い』,と人の前で ちょっと誇示する。あなたが辛い時にあなたはやらない,先生 を捜してあなたのために治してもらいたいと思うが,それでは それがあなたに益をやった時あなたは何故やるのか?それはか まえないのであり,それがあなたに益をやってあなたは受けた からである,あなたは益を得るのを考えるだけではいけない。 あなたは心からほしくなく,益をもたらされてもほしくない, ただ先生が言った方法に基づいて修煉しに行くだけである。あ なたは人が正しくなると,心をかためると,それはもうびくび くした,あなたに益をやってもあなたはいらないなら,それが 行くべきである。まだ行かないならとりもなおさず悪事をする のだ,その時私はそれにかまえる,手を揮うとそれがなくなる。 しかし益があってあなたは得たければならないのだ。
問: 公園で煉功しては憑依がありえますか?
答: 私はもう皆に何回も言った,私達は正法修煉である,心は
正しければ百邪を圧する!正法修煉では,心は非常に純正であ
り,どんなものも上って来られない,法輪はたいしたものであ
る,良くないものは上がって来られないだけでなく,それの前
に近づいても恐れてくれる。あなたは信なければ他の所に行っ
て煉功して見て,それはあなたを恐れる。私は一つの数を言う
と,皆もこわいと思う,沢山の人には憑依があるのである。
病健身の目的に達してもまだつづけて煉る,あなたは何を得る
つもりなのか?心は不正になるとこれらの問題を引き起こす。
でもあれらの人をも批判できない,彼はこれらの理を知らない
のだ,私が出山する目的はその中にこれも含まれて,皆のため
にこれらの誤ったものをなおす。
問: 将来どんな功能が出現することになりますか?
答: 私は言いたくない,各人の状況が違うので,言い難い。こ の層次上に於いてはどれらが出るか,あの層次上に於いてはど れらが出るか,肝心なのは各層次の中でのあなたの心性である。 執着心はこの方面で取り除いたら,この方面には功能が出現す るかも知れないが,あなたに出現した功能は必ず初期にあるの だ,かなり高いはずはない。心性は非常に高く達することがで きない時,功能はあなたにあげるのも不可能である。しかし私 達の伝授班ではある人は根基が非常に悪くなく,すでに神足通 が出現した,雨が降っても濡れない,搬運が出現した者もいる。
問: 心性を修め,一切の執着心を取り除くことは,仏家の『空』 ,道家の『無』に達することを指すのでありますか?
答: 私達が言う心性或いは『徳』は,仏家の『空』、道家の『 無』では包容できるものではない,反対に,彼らのそれらは皆 私達の心性の中に含まれている。
問: 仏は永遠に仏でありますか?
答: 修煉して道を得た者が,開悟してから,あなたは既に大覚 者に属し,つまり高級生命である,しかしあなたが永遠に悪事 をしないことを保証できない。もちろん一般にあの層次にいる とあなたは悪事をやらない,真相を見たからである,しかし悪 事をやるなら,やはり落ちる。永遠に良い事をやれば永遠にあ そこにいる。
問: 何が大根器の人でありますか?
答: これはいくつかの方面の要素によって決められる: 彼の 根基は非常に良い; 悟性は非常に高い; 忍耐力は非常に強 い; 執着心は小さい,世間のものを非常に淡泊に見られる, これが大根器である。大根器の人は非常に得難い。
問: 大根基の無い者は法輪功を煉るなら功が出ることができま すか?
答: 大根基のない者にも功が出られる, 誰にも徳の成分を持っ ているからである。少しも徳の成分もないことは不可能であり, このような人はいない。若しあなたの身体には白い物質がなく ても,まだ黒い物質はある,黒い物質は煉功を通じて白い物質 に転換できる,ただ手続きが一つ多くなっただけである。煉功 中であなたは苦しんで,心性を高めて,払いがあったら,功も あった,煉ることは先決条件であり,それから師父の法身はそ れを功に化する。
問: 一人の人が生まれる時彼の一生はもう定められていたので あり,それでは奮闘を通じて変えられますか?
答: もちろん変えられる,あなたが奮闘することも按排されて おいたのであり,奮闘しなくてはならない,あなたは常人であ る,但し大きなものは変えられない。
問: 天目が開いていない場合,いかに受けた信息の良いか悪い かを弁別しますか?
答: あなた自分では弁別しにくい,あなたの煉功中に,あなた の心性を試練する問題が沢山存在している。法身があなたを保 護するのはあなたに生命危険が出ないようにするのであるが, あるものが出現したら彼は必ずしもかまうとは限らない,あな た自分で越し,自分で解き,自分で悟る必要がある。ある時良 くない信息が来た,それはあなたに今日の宝くじは何番なのか を知らせる,正しいかも知れない,正しくないかも知れない, 或いはあなたにほかの事を知らせる,あなたがどうやるかを見 る。心が正であれば邪は侵さない。あなたが心性を守りさえす れば問題はない。
問: 気持ち、情緒が不安定な時に煉功してはいいのであります か?
答: 気持ちがあまり良くない時あなたはそこに座っても静にな れず,思想は良くない事ばかり考えるはずである,煉功には信 息の存在があるのであり,頭の中で良くない事を考えると,あ なたは煉功する時に煉り込んでしまい,人為的に邪法を煉るの である。あなたが煉った功は厳新があなたに教えたのかも知れ ず,どの上師があなたに教えたのかも知れず,或いは密宗活仏 が授けたのかも知れない,しかしあなたが彼らの要求した心性 に基づいて厳しく要求しなければもう彼のそのものではない, 彼が教えたのにもかかわらない。われわれ皆で考えて見て,例 えばあなたはそこで站 を煉って疲れてたまらないが,頭の中 では非常に活躍する:われわれ部門の某は何故こんなに悪いの か?彼はいかに私を訴えたのか?増給時どんな方法を考えれば 増給してもらえるか?今の物価は高くあがった,私は沢山買っ ておかなければならない。それではあなたは人為的に、下意? 的に、自覚せずに邪法を煉っているのではないか?だから気持 ちが良くない時できるだけ煉らない。
問: 『極めて高い心性』の標準は何でありますか?
答: 心性は修煉によるのであり,何の標準もなく,全くあなた 自分で悟るのによるのだ。若しどうしても標準があると言うと, つまり事にぶつかった時あなたは考えて見て:覚者ならば彼は どのようにするだろう?先進者はもちろん非常に優秀であるが, 彼はやはり常人の模範である。
問: 各気功師の報告、講話に対して疑う態度を抱いてはいけま せんが,人を騙して金を取ることに会ったらどうしますか?
答: そうとはかぎらない,まずあなたはその話しは何だかを見 るべきである。人をだます者に会ったら,あなた自分で弁別し なさい。一人の気功師の善し悪しを見るには,彼の心性を見ら れる,心性はどれくらい高ければ,功はどれくらい高い。
問: いかに業力,即ち仏教が説く業障を消しますか?
答: 煉功そのものが業を消すことである。一番いいのは自分の 心性を高めて,黒い物質を真っ白いもの,即ち『徳』の物質に 転化し,徳を功に転化する。
問: 法輪功を煉るには何か戒律がありますか?
答: 仏教の中で戒めるものは,私達は大部分も戒める。しかし 見方が違い,私達は出家人ではなく,常人の中で生活している ので,同じではない。あるものについてはそれを淡泊に見れば, 結構だ。もちろん,功力が絶えずに向上するにつれて,極めて 高い層次に達した時,あなたの心性に対する要求も極めて高い のである。