三、『真、善、忍』同修(Zhen Shan Ren Tongxiu)

 私達のこの法門は『真、善、忍』をともに修めるのである。 『真』(Zhen)とは,即ち真の話しを語り,真の事を行い,本 に返し真に帰し,最後は真人になることである。『善』(Shan) とは,即ち慈悲心を生み,善を行い人を度すことである。特に 『忍』(Ren)できることを強調する,『忍』してこそ,始めて 大徳の士を修め出すことができる。『忍』,それは一つの非常 に強いものであり,真と善を超えているのである。全修煉過程 ではすべてあなたに『忍』をさせ,心性を守らせて,かってな ことをしてはいけない。

 事に遇って『忍』できるのは容易ではない。ある人は:殴ら れても殴り返さない,罵しられても口返しをしない,甚だしき に至っては親戚友人の中で非常に面子をなくされた場合でも『 忍』して行くならば,これでは『阿Q』になったのではないか? !と言っている。私に言わせればあなたの方々面々の表現は皆 非常に正常であり,智力は少しも他人より低くない,ただ単に 個人の利益の方面においてとても淡泊に見ているならば,誰で もあなたはばかだとは言えない。『忍』できることは懦弱では なく,『阿Q』ではなく,意志が強い表現であり,涵養のある 表現である。中国歴史上の韓信が,かつて股くぐりの辱めを受 けたことは,即ち大忍である。古代には一句の話があって:『 匹夫が辱に合うと,剣を抜いて立つ』という。一人の常人は彼 が汚辱を受けた時,彼は剣を抜いて立ち上がり,彼は人を罵り, 拳骨を出して人を打つはずだ。人が一世来るのは容易ではない, ある人はただ一口の気のために生きている,あまりにも値がな く,あまりにも疲れている。中国には一句の話があって:『一 歩後退すると,海広がり天高まる』という。あなたが厄介な事 にあって一歩後退した時,あなたはもう一つの景象を発見でき るのだ。

 煉功人としては,あなたと矛盾を発生した人に対し,面と向 かってあなたに恥をかかせた人に対しては,あなたは『忍』を し,高姿勢をとるだけでなく,そしてその人に感謝すべきであ る。若しその人があなたと矛盾を発生しないとしたら,あなた はどのようにして心性を向上させられるのだろうか,どのよう にして苦痛を受けた時黒色物質を白色物質に転化させられるだ ろうか,どのようにして長功するのだろうか?人は劫難の中で は非常に過ごしにくいのだ,しかしこの時自制しなければなら ない,功力の増長する時に従って,その劫難も絶えず増加する からであり,あなたの心性が高められるかどうかによるもので ある。始めはあなたを怒らせ,あなたを大変腹立たせ,あなた を非常に辛くむしゃむしゃさせ,あなたに肝が痛くなり、胃? 痛くなるほど怒らせたかもしれない,しかしあなたは発作せず, あなたは『忍』をした,これはいいのである,あなたは『忍』 し始めた,一種の有意としての『忍』をした。あなたは徐々に 絶えずに心性を向上させ,あなたは本当にその事を淡泊に見る ようになり,その時こそ更に大きな向上である。常人は些細な 摩擦、いささかの事をとても大きく見る,生きているのは一口 の気のためだけであり,『忍』ができず,怒るまで迫られると どんな事も思い切ってやる。しかし煉功人としては,他人がと ても大きく見た事は,あなたはとても小さく、とても小さく, 余りにも小さく見るのである。あなたのその目標はあまりにも 長く遠く,あまりにも遠大であり,あなたが宇宙と同齢になろ うとするからである。あなたは再びあの事を考えて見て,あっ てもいいなくてもいい,あなたは大へと考えて見れば,それら の事は皆越すことができる。