(二)功の表現形式

「法輪功」の学員の身体は調理を経てすでに大法修煉に適合 する状態に達して,これが即ち『乳白体』状態である。この状 態にまで調整してこそ始めて功は出ることができる。天目層次 の高い人は,功がすぐ煉功人の表皮に出て,それから煉功人の 身体の中に卸し入れて;それから又出て、又入って,このよう に反復して進行し,一層次一層次に歩き,ある時は歩くのは非 常に速いと見られる。これは第一遍の功である。第一遍の功が 出てから,煉功人の身体はもう一般の身体ではない,乳白体に 達した後,これからはもう病気にかからない。以後出現するこ こが痛い、そこが痛い,又はある部位が辛いことは,病気があ るようであるが,これは病気ではなく,業力が作用しているの である。第二遍の功が出た時,その霊体はもうかなり大きくなっ て,彼は動くことができ、話すことができる。ある時には出た のはぱらぱらで,ある時には出たのは非常に密である,彼らは 相互の間にまだ話し合うことができる。この霊体の中には大量 の能量がためてあり,それは「本体」の改変に用いられるので ある。

 法輪功の修煉がかなり高い程度まで至ると,ある時「嬰孩」が 出現し,全身どこも一杯である,彼らは非常にいたずらで,遊 びずきで,非常に善良である。更にもう一種の身体を煉り出す ことができ,それが即ち「元嬰」である。彼は蓮花台の上に座 り,非常に美しい。煉功して出た元嬰は即ち人体の陰陽の和合 から成り,男女修煉者とも元嬰を煉り出すことができる。元嬰 は始めの時には非常に小さく,次第に大きくなり,最後に煉功 人と同じぐらいの大きさになり,そっくりに見え,すぐ彼の身 体の中にいる。特異功能を持っている人は彼を見たら,彼には 二つの身体があると言う,実際は即ち彼の「真身」は修成した のである。なおまた,まだ沢山の法身を修め出すことができる。 要するに,宇宙の中に出ることのできる功能は法輪功の中には 全部ある;ほかの功法の中に出ることのできる功能は法輪功の 中にはやはり全部ある。