(二)仏教

仏教は二千年余り前に釈迦牟尼がインドで元来の修煉の基礎 の上に自分で証悟した一式の修煉のものである。概括して言え ば即ち『戒、定、慧』の三文字である。戒は定のためである。 仏教は煉功を講じないが,実際は煉功しているのであり,彼が 定にしてそこに座ると即ち煉功である。人が静にして心を収め ると,宇宙の能量がすぐ彼の身体に集中して,煉功のやくわり を果たす。仏教の戒は,即ち常人のすべての欲望を戒め,常人 のすべての執着のものを捨てるものであり,従って清静無為の 状態に達して,定になることができ,定の中で不断に層次を高 め,それから開悟開慧して,宇宙を認識し,宇宙の真相を見る。

釈迦牟尼は法を伝え始めた時一日三つの事しかしなかった: 法(主に伝えたのは羅漢法)を講じて,弟子は法を聴く;それ から鉢(碗)を捧げて布施を求めて回る(食を乞う);その次 が結跏趺坐をして実修するのである。釈迦牟尼が世を去った後 バラモン教と仏教は闘争を経てから,この二種の宗教は一種の ヒンズー教に合併した,だから今インドには仏教がない。以後 の発展演変の過程中で,大乘仏教が出現した,中国の内地に伝わっ たのが今の仏教である。大乘仏教はただ釈迦牟尼を尊始祖とし て信仰することではなくて,多仏信仰であり,沢山の如来,阿 弥陀仏と薬師仏などを信仰する。戒律も多くなり,修煉の目標 も高くなった。当時釈迦牟尼は個別の弟子の中で菩薩法を伝え たことがある,その後これらのものは整理されて今の大乘仏教 に発展して,菩薩界を修める。今東南アジアの辺りではまだ小 乘仏教の伝統を保留しており,神通を運用して法事を行う。仏 教の演変の過程中,一枝は我が国のチベットに伝わって藏密と 称されている;もう一枝は新彊を経て漢民族の地域に伝わって 唐密と称される(会昌年間に仏を滅ぼしてから消えた);又一 枝は即ちインドでヨガに形成したのである。

仏教の中においては煉功を重んじず,気功をも煉らない,こ れは仏教伝統の修煉方法を守るためであり,仏教が二千年余り 伝わり広がって衰えない重要な原因でもある。それは外来のも のを受け入れなければこそ,それ自身の伝統を保留しやすい。 仏教の修め方も全く同じではない。小乘仏教は自己を度し、自 身を修めることに重点を置く;大乘仏教はすでに自己を度し人 を度し,普度衆生にまで発展した。