(二)天目の層次
天目には多種の層次がある。その層次が違うと,見た空間も 違う。仏教の説によると『五通』があるという,即ち肉眼通、 天眼通、慧眼通、法眼通、仏眼通。層次毎に又上、中、下の分 けがある。天眼通以下の層次では,われわれのこの物質世界し か見られない。慧眼通以上の層次で,始めて他の空間を見るこ とができる。ある一部の人は透視功能を具え,且つかなり正確 に見られ,『CT』の走査よりもはっきりしている。しかし彼 が見たのはやはりわれわれのこの物質世界であり,まだわれわ れが存在するこの空間を超えておらず,まだ天目の高層次では ない。
一人の天目の層次がどれくらい高いかはこの人の精華の気の 多少と主通道の広さ狭さ、明るさ及び通道の塞がる程度によっ て決められるのである。天目の開きは透徹するか否か,内部の 精華の気は肝心要素である。6才以下の子供に対しては,天目 の開きは非常にやさしい,私が手を出すまでもなく,私が言う と彼はすぐ開けられる。子供が先天に物質世界の不良な影響を 受けているのはかなり小さく,自分も何の悪い事もしておらず, その先天の精華の気の保存は非常に良いからである。6才以上 の子供では,天目は段々開きにくくなる,年齢の増えるにつれ て,受けた外界の影響も増えるからである。特に不良な後天の 教育や,放縦で悪くなることは皆彼の精華の気を消散させられ, 一定の程度にまでなると散り尽してしまう。精華の気が散り尽 くした人に対しては,後天の煉功を通じて次第に補充できるの であるが,かなり長い時間がかかり,多くの辛苦を払わねばな らぬ。だからこそ,精華の気は極めて珍貴なのである。
私は人の天目を天眼通の層次上に開けることを主張しない, 煉功人の功力が大きくない時に,煉功して溜めた能量は透視の 時払い出した能量ほど多くないからである。霊気が沢山散失す ると,天目は再度閉じるかも知れない,一旦閉じてしまうと又 開けるのは易しくなくなる。だか?,私は一般に人のために天目 を開けるには慧眼通の層次上まで開けるのである。はっきりと 見られるか否かにかかわらず,修煉者に別の空間のものを見さ せられる。先天条件の影響を受け,ある人はずいぶんはっきり と見られる;ある人は見たものは隠れたり現れたりするもので ある;ある人ははっきりと見られないが,低くともあなたに光 を見させることができる。こうして,煉功者が高層次へ発展す ることに対してためになるのであり,はっきりと見られないな ら煉功を通じて後天的に補充できるのである。
精華の気が足りない人は,天目が見た景象は白黒なのである; 精華の気が比較的多い人は,天目が見た景象はカラーなのであ り,見た景象ももっとはっきりしている。精華の気は多ければ 多いほど,明晰度は良い。しかし,一人一人が皆異なる,ある 人は天目が生まれながら開いているのであり,ある人は塞がり が比較的きつい。天目が開く時の景象は,少し花が咲くように, 一層一層に開くのである。打坐している時,天目に一団の光が あるのを発見し始め,初めに光はあまり明るくないが,以後又 赤く変わる。ある人は天目がきつく封じられていて,開く時反 応は非常に激しいかもしれない。主通道と山根の筋肉はきつく 感じられる,そこの肉は一緒に集まって中に入り込むかのよう であり,太陽穴と前額が張って、痛くなる,これは皆天目を開 く反応である。天目が開きやすい人は,偶然に何らかの物が見 えるかも知れない。伝授班上ではある人は何げなく私の法身を 見たが,彼が有意に見た時又消えた,実は目を使って見たので ある。目を閉じている時に何かを見たら,始終その状態を保持 していると,段々はっきりと見えてくる。若し仔細に見たいと, 実は即ち目を動いて,視神経を通ってしまうのだ,すると見え なくなる。
天目層次が違えば見た空間も異なる,ある科学研究部門はこ の道理が分からなくて,一部の気功試験を予期の効果に達させ られず,甚だしきに至っては反対の結果が出現してしまう。例 えば,ある部門は一種の特異功能の測定方法を設計して,気功 師にある密封された箱の中に何かのものがあるのかを見させる。 気功師の天目層次は違うので,答えた結果もそれぞれ異なった, そのため,測定人員は天目は偽りだ,人だましだと思った。こ のような測定では往々にして天目層次が低い人のほうは透視効 果がいい,彼の天目は天眼通の層次上にしか開いていなく,物 質空間の事物を観察することにしか適宜しないので,天目のこ とが分からない人は彼の功能が最高だと思っている。どんな物 体でも,それは有機物であろうが無機物であろうが,違う空間 では違う様子を顕示する。例えば一つのコップ,それが出来上 がった時に,同時に一つの霊体があって別の空間に存在してし まう,そしてこの霊体は存在する前に別の物であったかも知れ ない。天目層次の一番低いのが見たのはコップである;一層分 高いのが見たのは別の空間のその霊体である;もう少し高いな ら見たのはその霊体の前の物質形式である。